はじめに

2019.04.14 [ Edit ]

 当サイトは漫画『BANANA FISH』の二次小説のサイトです。アッシュ×英二と、シン×英二を書いています。リバなしです。
 BL的な表現やR18があります。ご理解の上でお読みください。不快感や嫌悪感をお持ちでしたらすぐに引き返すことをお勧めします。


<当サイトの小説の傾向について>
アッシュ×英二……アッシュが生きているif小説。永遠に幸せな二人を書いています。
シン×英二……主にシン視点です。切ない系です

(裏庭S英)……シンと英二の新婚生活なR18。幸せなシンが書きたかったのです。

ネットマナーに関するサイトを下にリンクしてあります。

*創作系のサイトの管理者との、ネット上でのお付き合いの仕方を書いてあるサイトです。ご参考までにリンクを張りました。一読していただければ幸いです。
(でも下記のサイトに書いてあるマナーが全部正しいかどうかはわかりませんし、他にも参考になるサイトは多々ありますのであくまで一例として、という気持ちです)
創作サイトとマナーと。

ものすご~くお久しぶりです

2017.11.01 [ Edit ]

管理人のしらさぎです。
どうもおひさしぶりです。
バナナフィッシュのアニメ化のニュースを聞いて、嬉しいやら驚くやらです。
今から楽しみですね、すっごくすっごく楽しみですね。

ここのカウンターが最近は毎日一桁多くなってるのは、きっとアニメ化のせいですね。

アッシュと英二とシンの物語、また書いてみたくなったような…もう熱が冷めてしまったから無理のような…揺れている管理人です。

New Year's resolution

2017.01.06 [ Edit ]

 シン英です。ご注意を

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Oneday 7

2016.11.08 [ Edit ]

(英二視点。少々暗いです)
「Oneday 6」の続きです

日が暮れて
街灯がともりだした舗道をたどり、僕らは家路を急ぐ。
繋いだ手は温かく、そこから君の想いが僕の方へ流れ込んでくるようで
とても安心できた。
「腹減ったなあ」
君がつぶやく。
「夕飯なら作ってあるよ」
「今日は何だい?」
「君が好きなものさ」
「んじゃ、中華かな」
他愛もないやりとり。
ふたりで食事をして、それからソファでテレビを見たり、ちょっとお酒を飲んだりして
僕らの日常は、まるで仲の良い兄弟だ。

そう、最初は兄弟のように暮らしていた。
たまにやってくる彼に食事をだしてやり、調子はどうかと尋ね、泊まりたければ部屋を貸した。
数年はそんな風に、互いに距離を置いていた。
けれどある時、僕らは一線を越えてもっと親密な仲になった。ごく自然に…
シンは、僕に「14のガキの頃からずっと、俺はあんたが好きだったんだ」と言い、
僕は「知っていたよ」と、シンに答えた。
そして彼の想いを、すべて受け入れたのだった。
僕らは、親友であり、肉親のようであり、恋人のようでもあり
互いに心の片隅に傷を抱えつつ、その傷の核心には触れないように気を使い、いたわりあって暮らし始めた。

僕の傷――。
中学高校大学と、僕は棒高跳びの選手だった。
高校では全国2位になり、将来はオリンピックに出場するかもしれないと、周りからも両親からも期待されていた。
己の才能と努力次第で大きな夢を掴める場所に立っていた。
けれど怪我をしてスランプに陥って跳べなくなってしまった。
目標が消えたあと、自己嫌悪と虚無が僕を包んだ。あの頃、僕はひどく不安定だった。
これからどう生きたらいいのか、答えが見つからなかったんだ。

伊部さんに連れられて渡米したのは、アメリカに行けば自分が変われるような気がしたからだった。
僕は日本から逃げた。そしてNYで、アッシュと出会った。
アッシュを救いたい、助けてあげたい
僕は懸命だった、自分の抱えてきた悩みがちっぽけに思えた。
彼の幸せと二人の友情こそが、僕にとって最も大切で価値あるものになった。
たとえ遠く離れて暮らしていても、きっといつか再び会える。
それが僕の心の支えになった。壮絶な人生を生きてきた君と、友達になれたことを誇りに思い、自分なりに強く生きようと思った。
NYで、やっと見つけた答え。
だけど僕は、僕の書いた手紙で……。


僕の心は、再び自己嫌悪と虚無に包まれた。
それからの数年をどう生きていたのか、よく思い出せない。
「君にもしものことがあったら、僕は狂っちまうよ」
昔、そんな意味の言葉をアッシュに言ったことがあったけど
アッシュを失ったあと、僕はその通りになったのだろう。
医者と薬のおかげで、なんとかまともなレベルにまで回復して
やっと人間らしい時間が回りだして
僕は仕事をみつけて
永住権を取って、ひとりで暮らし始めて
気が付くと
いつも傍にシンがいた。
いや、正確にいうと、シンがずっと前から僕の傍にいてくれたことに、やっと気が付いた。
彼の辛抱強く不変な、惜しみない献身のおかげで
僕はこっちの世界に戻ってこれたのだ。
その間に、シンがどれほど傷ついたのか計り知れない。なのにシンは常に変わらぬ優しさで僕を包んでくれた。
だからある夜、シンが抜き差しならぬ様子で、
「一度だけ、あんたを抱きたい」と言った時
僕に断る理由なんてなかった。
シンの温かな抱擁
冷たく凍えた心が、やわらかく解きほぐされていくような
愛情といたわりに満ちた夜
同性から受ける初めての行為が、不思議と少しも嫌じゃなかった。
むしろ気持ち良かった。
それは相手がシンだからなんだと、僕は改めて思った。
自分でも知らぬ間に、シンの存在が僕の心を占めていて
年月を重ねるごとに大きくなっていた。

僕はシンを好きになっていた。
抱かれても構わないと思えるほどに。




「英二?」
すぐ横で呼ばれて、ハッとした。
「あ……シン、なんでもない。ちょっとぼさっとしてただけ」
もう家に辿り着いていた。
シンは意味ありげにニヤリと笑った。
「メシ食ったら、さっきの続きする?」
僕の返事を待たずに、シンは玄関のドアを開け、入ると同時に素早く僕の腰に腕を回した。
シンの手からバディのリードがするりと抜けて、閉じたドアに挟まった。
(ワンッ!!)
置いてけぼりになったバディが、ドアの向こうで吠えた。
「あ、いけね」
言いながらも、シンはドアを開けるのをちょっと待って僕に長いキスをした。



*バディ、受難の日なり。
(ワン、ワン!バウッ) こら~~~! ぼくを締め出すな~~!


Fin.



お返事

2016.09.23 [ Edit ]

拍手コメントありがとうございます。
遅くなりましたが、お返事書きました。

Oneday 6

2016.09.20 [ Edit ]

 十月になると、日暮れがずいぶん早くなる。
 石畳にひたひたと足音を響かせて、寒いNYの冬が近づいてくる。
 グリニッジヴィレッジの通りに、乾いた風が吹き、街路樹はしきりに葉を落とし始めた。

 夕方のバディの散歩。
 今日は君が早く帰ってきたので、ふたりで家を出た。
 君がいると、バディはホントに嬉しそう。飼い主は僕なのに、ちょっと悔しいな。
「風が冷たいや」
 手が冷えてくる。
 そう小声で呟いたら、君はさりげなく僕の手を握って、そのまま自分のジャンパーのポケットに入れた。
 大きくて温かい手。
 この手に僕はずっと、もう何年も守られてきた。
 反対に僕は、君を、何かから守ることが一度でもできただろうか。
 そうであってほしい。
 見上げると、肩ごしに、背の高い君と目があった。
 君はじっと僕の瞳を見つめて、それから
「やべぇ」と、ひとこと言った。
 何がやばいんだ?
 ポケットの中の、繋がれたままの僕の手は強い力でぎゅっと握られて、そのあと君の親指が、僕の手の甲を何度も上下して優しく触れる。
 僕の肌触りを確かめているように。
 君は、歩きながら少しかがんで、僕の耳に囁いた。
「あのさ、英二」
「何だい」
「キスしたくなった」

   *

 陽が沈みかけた公園のベンチに、ふたりで腰掛けて。
 君は右手にバディのリードを持ったまま、左手で僕の肩を抱いて。
 僕の唇に優しいキスを落とした。
 
 僕らは男同士だけど、NYではそんなこと誰も気にしない。
 公園を散歩する人たちは、僕らの横をただ通り過ぎてゆく。
 
 溜息とともに唇を離して、君は、キスの余韻で掠れた声で僕に尋ねた。
「クリスマスは、日本に帰っちまうのか」
 君の湿った唇が、僕の首すじへと移る。
「うん、たまには顔見せないと、母さんが泣くからね」
「それで泣きつかれて、気が付いたら見合いとかしてたりして」
 僕はびっくりする。
「するわけないだろ、何言ってんのさシン」
「冗談だよ。でも正月過ぎてもこっち(NY)帰ってこなかったら、マジで迎えに行くからな」
 君は広くて温かい胸に、僕の頭を押し付けて、
「それとも、いっそ飛行機キャンセルして、俺の傍にいれば?」
 なんて言う。
 僕の髪に、顔を埋めながら。

 君には、本当にもう……まいっちゃうよ。
 年下の可愛い恋人に、いろんなところを大きな手で撫でられて、
「ん、シン…だめだよ、こんなところで……」
 あんまり気持ち良くて。
 恍惚として。



「ワン!」
(お腹すいたんだけど!)

 僕らは、バディに怒られた。
  
 
 
 

Meet again お江戸編(番外編)

2016.08.24 [ Edit ]


 ざわざわと騒がしい雑踏のなかで、ぼくは目を開けた。
 真夏の日差しが眩しくて、頭がくらりとする。
「あっ、背中」
 おもわず腕を回して、じぶんの背に手をやってみると、綿シャツのやわらかな生地が指に触れただけで、斬られた傷などどこにもなかった。
「夢だったのか」
 顔をあげると、仲見世は相変わらずの人ごみで、さっきぼくを押し流した学生の群れはとうに道向こうに行ってしまっていた。ぼくはよろけながら歩きだした。アッシュを捜さなくてはならない。
 ほどなく、ガラス細工店の軒先に佇んでいる、プラチナブロンドの長身の青年を見つけたとき、ぼくの口から「ほっ」とため息が漏れた。
 打ちひしがれたように彼は肩を落として、ぼんやりと地面を見つめていた。
 ぼくは駆け出した。彼のもとへ。
「アッシューーっ!」
 驚いた彼が、いきなりぼくを抱きしめる。
(人が見てるよ、アッシュ)
 それでも彼はぼくを離そうとせず、真っ赤になったぼくの耳に、切ない声音で、ある言葉を囁いた。
 それは「永遠」を誓う神聖な言葉。
 ぼくは小さく頷いた。
 すると彼は一瞬息を呑んで、それからとても綺麗に笑った。
 ぼくらは、幸せで。
 泣きたいほど
 幸せでたまらなかった。






***


 並んで仲見世を歩き、浅草駅のコインロッカーに預けたアッシュの荷物を取って電車に乗った。
「浮世絵が見たい」
とアッシュが言ったから、国立博物館に行くことにしたのだった。夏休みの地下鉄は平日の昼間にもかかわらずほどよく混んでいて、椅子は満席だったからぼくらは隅の扉のそばに立った。
アッシュはモデルみたいにすらりと恰好良いからどこにいても目立つ。他人の視線を避けるように背をむけて、アッシュはそっとぼくの手を握った。そして柔らかく微笑みかける。胸がいっぱいになって何も話せなくて、ぼくらはずっと黙ったまま地下鉄に揺られていた。
 御徒町で山手線に乗り換え、ふたつ先の駅でぼくらは電車を降りた。混んでいたけど鶯谷駅で降りたのはほんの数人だった。
「ここって、ほんとに東京なのか」
「え? そうだけど。ああ、浅草に比べたらこのあたりは人も少ないよね」
 閑散とした寂しげな駅の風情に、アッシュはおどろいたようだった。改札を出て細い道をゆくと、右も左も寺と墓地ばかりだ。
「江戸時代とかの古いお墓もあるんだよ」
 角を曲がると広い敷地の博物館にたどりついた。大理石の階段をあがって重厚なドアをくぐる。中はひんやりと涼しくて、天井が高い。
「浮世絵は二階に展示してあるみたいだね、こっちだよ」
 歌麿や写楽など、ぼくでも教科書で知っている有名な浮世絵がならんでいる。アッシュはひとつひとつ興味深そうに観ていた。
「英二、これは誰が描いたものだ?」
 なかの一枚を指さして、彼はぼくに尋ねた。それは粗悪な紙に刷られた色あせた役者絵だった。女形が背中ごしにこちらを振り返っている絵で、ぼくは一度も見たことがないものだった。
「うーんと……作者の名前は書いてないや。あれ? でも、この絵の人、金色の髪をしてるね」
 なにか胸にひっかかって不思議に思ったけれど、ぼくはそれ以上の感想をもてなかった。
「きっとかつらだよ、ほら、連獅子とかは長いかつらをかぶって踊るじゃないか」
「そうだな」
 博物館をひとおとり観終えるとぼくらは外にでて、緑の木々に囲まれた広い庭を歩いた。お腹がすいたので露店で売っているおにぎりとペットボトルのお茶を買って、木陰のベンチに腰かけた。
 涼しい風が吹きわたってくる。こんなに静かで穏やかな時間が過ごせるなんて、あの戦いに明け暮れていた日々に比べるとうそのように思えた。
「これからは、ずっとこんな風に君と過ごしたいなアッシュ。できるよね、ぼくら」
 願いをこめてそう言うと、彼は「ああ」と返事をして、くすりと笑った。
「なに?」
「ごはん粒。ついてるぜ、ほっぺに」
「えっ」
 ぼくが手をやる前にアッシュはさっと指をのばして、ぼくの頬についたおにぎりの粒を取ると、じぶんの口に入れた。
「うめー」
「こ、こら。よせよ、恥ずかしいなもう」
 君ってけっこう可愛いことするんだな。ぼくは胸がくすぐったくなって、それを誤魔化そうとにあわててお茶を飲んだ。

 まだ夕方まで時間があったので、ぼくらはまた山手線に乗って神田で降りた。ここには古本屋がたくさん店を出している。ぼくはあまり行ったことはなかったけれど、アッシュは本が好きだから結構な時間をかけていろんな本を探しては買い求めた。もちろん英語の、学術書や図鑑とかが多かった。
「持ち帰るのは重いからぼくのアパートの部屋まで宅配を頼むといいよ、あとでNYに送ってあげるから」
 神田の通りを歩きながらぼくは言った。そしてふと、ぼくは立ち止った。通りの角に古ぼけた薬局が一軒あった。看板の名前は『奥村屋漢方堂』だった。
 どこか懐かしいような気がして、半分閉めているような店を眺めていると、
「おまえの親戚か?」とアッシュが訊いた。
「おまえそっくりのオヤジが店番してたりしてな」
 せっかくだから覗いてみるか? とアッシュはぼくをからかった。
「親戚じゃないよ、ぼくの実家は出雲なんだから。それに奥村なんて、どこにでもある名前さ」
 ぼくらはそのまま通りすぎた。
「そういえば、おれ、今夜泊まるホテルまだ予約してないけど」
 歩きながらアッシュが言った。
「じゃあ、ぼくの部屋に泊まればいいよ」
 軽く返事して、ぼくは内心ドキンとした。
「本当におまえんちでいいのか」
「もちろんだよ、どーしてそんなこと聞くのさ」
「もし部屋にカノジョが遊びに来たらまずいだろ」
「彼女なんていないよ」
 アッシュはちょっと考えて、またぼくに訊いた。
「それとも、彼氏がいるとか?」
 ぼくは道につまずきそうになった。
「ばっ、ばかなこと言うなよアッシュ! 彼氏なんているわけないだろ。ぼくはゲイじゃないんだから」
 言ってからハッとした。そうだ、ぼくはゲイじゃないのにどうしてアッシュを好きになったんだろう。彼は男の子なのに。変なの。
 だけどぼくにとってアッシュが男だろうが女だろうがあまり関係ないような気がした。どっちにしろ好きになってしまうんだよ、きっと。
 目の前の彼が怪訝そうな顔をしてぼくを見るので、ぼくは
「でも、君は違うんだ。君はぼくの特別なんだよ」と正直な気持ちを告げた。
 するとアッシュはぼくから顔をそむけて「おまえって、ほんっとに……天然たらし」ごにょごにょと独り言を呟いた。
「さ、買い物して早く帰ろう。夕飯はぼくがなにか作るよ。といってもキッチンが狭くて本格的なものは作れないけどさ」
 空はすでに陽が傾いて、東京の街は暮れようとしていた。

  駅前のスーパーで買った食材の袋をかかえて、ぼくはアパートの階段をあがった。
 ぼくの部屋は、目黒区と世田谷区の境にある三階建てのごく普通の学生向け賃貸アパートの一室だ。ここは大学にも近くて、すぐそばに駒沢公園がある。広い敷地にはかつてオリンピックで使った様々な施設があって、ぼくは毎朝その公園でジョギングをするのを日課にしていた。
 ぼくはジーンズのポケットから玄関の鍵を取り出してドアを開けた。
「入って、アッシュ。散らかってるけど」
 狭い玄関のわきの形ばかりの小さな流しのついたキッチンをぬけると、フローリングの八畳ほどの部屋。ロフト式になっている簡易ベッドと、普段は机にしている一人掛けのテーブルと椅子と、壁に収納されたクローゼットの他には家具らしいものはないシンプルな部屋だった。
「散らかってなんかないぜ。すっきり片付いてる」
「そ、そう?」
 褒められたんだか、何も置いてないと揶揄されたんだか微妙だ。
「疲れただろ、荷物を置いてとりあえず椅子に座ってなよ。今、コーヒーを淹れるから」
「なにか手伝うぜ、英二」
 アッシュはぼくの隣にきて、スーパーの袋の中のものを冷蔵庫に入れた。
「お、エビだ。サラダ作んのか?」
「うん。アッシュ好きだろ、海老の入ったの」
「じゃあ殻むいてやるよ」
 ぼくは、ふふっと笑った。
「なんだよ」
「いや別に。リンクスのボスが台所で料理手伝ってるって知ったら、みんなびっくりするだろうなあって思ってさ。コングやボーンズなんて『信じらんねー』って目を丸くしそうだよ」
「そうかもな」
 そのあとパスタを茹でて、ふたりで遅い夕食をとった。
 代わりばんこでシャワーをあびてしまうと、もうすることがない。ぼくは床に敷布団を敷いて、それでは足りないので掛け布団も隣に広げた。エアコンのスイッチを押して涼しい風をアッシュに送ると、
「さすがに、ちょっと疲れたなあ」
 パジャマに着替えたアッシュは布団に寝そべって、軽くあくびをした。洗ったばかりの柔らかな金の髪が、湿気を含んで光っている。とても綺麗だとぼくは思った。
「アッシュ、もう寝る? 電気消そうか」
 テーブルの置時計の針は十時を指していた。ぼくは天井の照明の光をおとして、部屋をうす暗くした。カーテンごしに町の明かりがもれ、時おり車の通る騒音が近づいては遠くなった。
 ぼくはアッシュのとなりの布団に横になった。両腕を頭の下で組んで天井を見つめながら、これからのぼくらことを考えた。
  NYでアッシュと一緒に暮らす――それは言葉にすれば簡単なようであっても、実際はいくつもの越えなけばならない事柄がぼくを待っているとわかっていた。アメリカに住むなら永住権をとらなければならない。国籍は日本のままでいいけれど、そうそう帰国もできなくなる。
(父さんと母さん、反対するだろうな。伯父さん夫婦もきっと、ぼくは頭がおかしくなったと思うかもしれない。それに)
 優しいあの人の顔が浮かんだ。
(伊部さんは、どう思うだろう)
 となりに目をやると、アッシュは背中を向けて寝ていた。静かに規則正しく肩が上下している。疲れてもう眠ってしまったらしい。ぼくは小さく息を吐いた。
「何考えてる」
 アッシュの声がした。ぼくはどきんとした。
「伊部のことだろ」
「アッシュ、寝てたんじゃないの」
 彼は身体をずらしてこっちを向いた。
「なんで伊部さんのこと考えてる、ってわかったの」
 アッシュはうす闇のなかで、ちょっと笑ったように思えた。
「おまえの考えてることくらい、だいたいわかるさ」
 大丈夫だよ、とアッシュは言った。
「イベはお前に甘いからな。始めは驚くだろうけど、きっと許してくれるさ」
「きみがそう言うなら、本当にそうなる気がするなあ」
「ていうかか、俺の傍にいながら他の野郎のことなんか考えるなよ。むかつく」
「なっ、なんだよそれ」
「ああそれからNYに来たら、シンには近寄るなよ」
「どうしてだよ、シンはいい人だよ。彼にはすごく世話になったし、ぼくは彼がとても好きだけど、きみはそうじゃないのかい」
 そう言ったら、怖い顔で思いっきり睨まれた。
「それと、おれはもうストリートキッズのボスはアレックスに任せてやめるから、おまえもリンクスのたまりには二度と行くな」
 アッシュはなんだか不機嫌になってしまった。わけわかんないよ。いきなり、シンやリンクスの仲間に会うな、だなんて。コングやボーンズにも会うなっていうのかい?
「不服か?」
 ぼくはむっとして返事をしなかった。
「おまえだってちょっとは知ってるだろう。リンクスのやつらの間で、おれとおまえがどんな風に噂されていたか」
「え……それは……」
 し、知ってるけど。
「やつら、おれたちがデキてるって陰で言って、金まで賭けてたって話しだぜ。そりゃそうだよな、二人きりでアパートに同居して寝室も一緒だったんだ。おれは前にも言ったが十四の頃に付き合ってた女の子が殺されちまって以来、誰も恋人にしていない。そのおれが男のおまえとしじゅう一緒なんだ。よほど『あっち』の具合がいいんだろうと思われてるんだよ、おまえ」
「えっ!?」
 ぼくの身体はカッと熱くなった。
 あっち……って、その……そういう意味だよね。
「ひとりでたまりに行ってみろ、寄ってたかって剥かれて、どんな具合なんだか確認されちまうぜ」
「――う」
 アッシュは鼻でフンと笑った。
「まあ、おれの制裁を恐れて、おまえに手をだそうなんて考える馬鹿はいないがな」
 だからたまりには行くなよ、とアッシュはいった。
「わ、わかったよ。そうする」
 アッシュはほっとした表情をして、やっと機嫌を直したみたいだった。翡翠の瞳にやわらかな色がうかぶ。ぼくの好きな、宝石のように綺麗な瞳。そこに僕の姿が小さく映っているのが不思議に思えた。
 ぼくらは動かしがたい運命のめぐりあわせで出会い、お互いを深く知るようになって、とうとう離れることなんてできなくなってしまった。ぼくを失ってしまったら目の前にいるこの人は、きっと生気をなくしてしまうだろう。
「アッシュ」
 ぼくは半身を起して、そっと彼の手に触れた。その手がぴくりと震える。
 彼は嫌がると思った。子どもの頃から性的虐待を受けつづけてきた彼にとって、他人がそういう意図をもって触れようとするのは苦痛でしかないはずだったから。
 ぼくは彼をひとつも傷つけたくなかった。彼がこのさき、ぼくとただ寄り添って暮らしたいのだったら、彼に指いっぽんも触れないでも構わないと思っていた。でもぼくは一応、健康な二十歳の男の子で――。その……つまり、好きな子が目の前にいて、しかもうす暗い部屋の布団の上でふたりっきりで見つめあって、ドキドキしないほうがおかしいんじゃないかと思う。
 アッシュはゆっくりと身体を起こして、身体をかがめて――。
「あ、アッシュ?」
 ぼくの口に触れた彼の唇が、かすかに震えているような気がした。
 ぼくは空いている左手を彼の柔らかな髪にさしのべて、
「嫌じゃないの?」
 そう訊くと、
「英二……」
 アッシュは目を伏せて、吐息のようにぼくの名をつぶやいた。
「嫌じゃないみたいだ。おまえなら」
「良かった」
 ぼくらは布団に横たわり、手をつないだまま眠った。
 ベアーおやじの安宿で、59丁目のアパートメントで、アッシュは夜中に幾度も悪夢にうなされていた。ぼくはそんな彼を慰めることもできずに、ただ隣のベッドでじっとして寝たふりをするしかなかった。とても、辛かった。本当は手を握ってあげたり、抱きしめて背中をなでてあげたり、
「大丈夫だよ、夢だから。大丈夫だよアッシュ」って、言ってあげたかった。
 これからは、そんなことをしてあげられるのだ。

 アッシュは金色の長い睫にふちどられた目を閉じて、すうすうと健やかな寝息をたて始めた。
 ぼくは彼を起こさないように気を付けて、タオルケットを掛けてやり、息がふりかかるほど近くに顔をよせて眠りについた。

 朝になって、背中のあたりがなんだかやけに暖かいと思って目をさますと、アッシュは猫みたいに丸くなって、ぼくの肩に顔をくっつけて眠っていた。
 カーテンごしに朝の光が床にこぼれている。
 晴れていい天気みたいだ。
(今日は、アッシュとどこへ行こう)
 背中に彼の体温を感じながら考えた。
 この青い空の下、ぼくらは、どこへだって行けるような気がした。


 


 




                         番外編(終わり)



Meet again お江戸編 (最終話)

2016.08.23 [ Edit ]

 雑踏の中、アッシュはハッと我に返った。
 観光客で溢れる浅草の仲見世の隅で、落としたストラップを拾い上げたところだった。
(英二……?)
 ついさっき抱きしめたはずの英二の身体の重みと、羅尾に斬られたその背中から流れ出る血の、ぬるりとした感触がまだ生々しく両手に残っていた。けれど、死相を浮かべ蒼ざめた顔の彼の姿はなく、アッシュの手には、ガラス細工のストラップが乗っているだけだった。
(夢だったのか?)
 そう思っても、アッシュの心は穴を穿たれたように傷ついていた。たとえ夢か幻であっても、英二が死んだという衝撃に耐えられずに、その場に倒れこんでしまいそうだった。
「アッシューーー!」
 英二の声がした。
 顔をあげると、人ごみをかきわけて英二がこっちへ走ってくるのが見えた。
「もう、まいったよ。波みたいにうわーっと来るんだもん。修学旅行シーズンなのかなあ、学生でいっぱいだねえ」
 英二は快活に微笑んだ。
「あれっ? ど、どうしたのアッシュ。泣いてるの?」
 目をまん丸にして、英二はびっくりしている。
「いや、ちょっとゴミが目に入って」
 アッシュはシャツの袖で涙のついた頬をふいて、ごまかして横を向いた。
「大丈夫かい、どれ、見せてごらんよ」
「いい。もう取れたから」
 背伸びして顔を近づけてくる英二を、アッシュは腕でよけた。
「ふーん、ならいいけど。アッシュもしかして本当は」
 ちらりと上目使いの英二の声は、からかいを含んでいる。
「ぼくとはぐれて迷子になって、それで泣いてたんじゃないの」
 アッシュは言葉もなく英二をながめた。
 血色のいい健康な顔には、生き生きとした命の輝きがあった。英二は死んでなどいない、生きている。
 がばっと覆いかぶさるように、アッシュは英二を抱きしめた。
「えっ、ど、どーしたのさ? いきなり何」
 折れるほどぎゅうっと、腕に力をこめた。
「苦しいよ、アッシュ」
「俺を置いていかないでくれ。ひとりにしないで、頼むから」
 もう。子どもじゃあるまいし、と英二のつぶやきが聞こえた。
 けれどいつまでもアッシュが腕の力をゆるめようとしないので、英二はアッシュの背中に手を回して、何も言わずにそっと抱きしめ返したのだった。

(アッシュと、ずっと一緒にいられますように)
 浅草寺の観音様手を合わせて、心で願った言葉を、英二はもういちどアッシュの胸のなかで繰りかえした。
 そしてアッシュも――。
 たくさんの願掛けの最後にもう一つだけ言いそびれていた言葉、本当は一番叶えたい事だけど許されないとわかっている願いを、英二の耳に囁いた。
「英二。大学を卒業したらNYに来て、俺と……」


 英二の瞳が驚いていっぱいに開かれたあと、耳たぶまで真っ赤にして、彼はこくんと小さく頷いた。


(Will you marry me?)
(Yes, Ash.)







 今すぐじゃなくても、きっといつか、許される日が来るだろう。
 俺たちには、たくさんの幸せな時が待ってるんだ。






Fin.

 

初出:2013年5月24日 
    

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Meet again お江戸編 9

2016.08.22 [ Edit ]

 それから数日が何事もなく過ぎた。
 新之助はいつも陽が落ちる頃に帰宅して、英二郎と夕飯を食べ、布団を並べて敷いて寝て、朝になれば日本橋の本宅へ行くという暮らしだった。店が忙しいと、たまに帰ってこなかったり、夜に呼び出されたりもした。
 その日は、すっかり暗くなった五つ半に日本橋の本宅から急ぎの駕籠が来て、将太が供をして新之助は出ていった。
 英二郎は早ばやと布団をひいて、湯にもつからずに床についた。寝転んで浴衣の袂から、いつもお守りにして肌身離さず持っている五重の塔を取りだして眺めた。行灯に、きらきら光る翡翠色をじっと見つめていると不思議な気持になってくる。
 買った覚えもないのに、気がつくとこの手におさまっていた綺麗なガラス細工。
 いくら考えてもわからない。これまで見たこともない物。
 (もしかして、浅草寺の観音様が、ぼくに下さったんだろうか)
 なぜ? なにか意味があるの?
 英二郎はお守りをきゅっと握りしめて、目を閉じた。そしてそのまま眠ってしまった。

 どのくらい時間がたっただろう。
 遠くで、半鐘が鳴っているのに気がついた。
  英二郎はハッとして目を覚ました。
 「火事?」
 とても嫌な予感がして、布団から飛び出ると障子を開けて廊下へ行き、闇夜の空を見渡した。
 隅田川の向こう、浅草の辺りの空が朱く染まっていた。
 「アッシュ!!」
 対岸の火事が隅田川からこっちへ広がる心配はまずないが、屋敷の中は騒然とした。
「本宅はどうなってる」
「旦那様や皆は、無事に逃げてるのか」
 使用人らは大声で言いあいながら、一人残らず出ていってしまった。門の扉を開け放したままで。
 英二郎は居てもたってもいられなくなった。
 浴衣のまま門から道へ出て、暗い夜道をひたすら走った。英二郎の後ろを誰かが追いかけてきた。きっと羅尾だと思ったが、振り返らずにそのまま走った。
「足には自信があるんだ。ぼくに追いつけるもんか」
 後ろの足音はすぐに聞こえなくなった。

 隅田川に架かる橋のひとつ、吾妻橋の袂はもう人でごったがえしていて、英二郎はもみくちゃになってしまった。
「通して! お願いだ。通してよ」
(アッシュはとっくに安全な場所へ逃げているかもしれない。そうならいいけど……でも)
 妙な胸騒ぎがして、英二郎はどうしても浅草のアッシュのいた一座の芝居小屋まで行かなければいけないと思ったのだった。
 人の群れは向こう岸からこっちへ橋を渡って逃げてくる者が大半で、英二郎のように火事のある浅草へ行きたがる人はほとんどいなかった。みんな大きな荷物をしょって、荷車を押す者、泣き叫ぶ子供を抱く者、なだれのように押し寄せてくる。
 やっと橋の向こう側へたどりついた時、英二郎は誰かに背中を押されて転んでしまった。
「痛っ――あっ!」
 着物の袂から、お守りにしていた五重の塔のガラス細工が道に落ちた。あわてて拾いあげると、不思議なことに、翡翠の色をしたガラスが光をはなって明るく輝いていた。
「え? どうして……」
 英二郎が見つめると、ガラスの中にぼうっと霞んで、アッシュの姿が映しだされた。
「アッシュ!」
 英二郎は叫んだ。
 彼は瓦礫の間に座りこんでいて、側に痩せた男が倒れていた。火の粉が舞う中で、アッシュは動こうとしない。
「なにしてんのさ! 早く逃げなよアッシュ!」
 英二郎は立ちあがって駆けだした。
(きっとまだ、芝居小屋のにいるんだ)
 半鐘がひっきりなしに鳴っている。暗い夜空を真っ赤に染めて、炎が燃え盛っている。
 煙に巻かれつつ、英二郎がやっと芝居小屋にたどり着くと、もうそこに建物はなく丸太や筵が崩れ落ちて山と重なっているだけだった。その片隅に、うずくまった人影があった。
「アッシュ!」
「え……おまえ、どうしてここへ?」
 振り向いた彼は、驚いて言葉を詰まらせた。
「アッシュよかった。無事で」
 英二郎は、アッシュの顔を見たとたん泣きたいような気持になった。生きていてくれて良かった、と心から思った。
「英二、手伝ってくれ。こいつを助けるんだ」
 痩せた男が、丸太の下敷きになって倒れていた。気をうしなって脚を挟まれて動けなくなっている。
「誰? この人」
「一座の下足番さ。足が折れちまってるだろうが、このまま放っておいたらこいつ焼け死んでしまうからな。でも一人じゃ重くて丸太が退かせなかったんだ、おまえが来てくれて助かったよ」
 早くしないと火がすぐそこまで迫っていた。
 二人は丸太を持ち上げ、やっとの思いで動かして下敷きになった男を引っ張りだした。アッシュは男の腕の下に肩をいれて抱え、
「行こう英二。ここは危ない」
 火の手のない風上へ向かった。
 浅草寺の裏手は田んぼばかりで火の気がなく、そこに怪我人を手当するお救所ができていた。アッシュと英二郎は男を医者のもとに預けてとりあえずほっとした。
「芝居小屋、壊れちゃったね」
 英二郎が言うと、アッシュは「ああ」と気のない返事をした。
「これから君はどうするの? しばらく役者できないだろうし行くあてはあるの」
 太夫がどこに住んでいるのかさえ、英二郎は知らなかった。
「行くあて? そんなものないさ」
 アッシュはふっと自嘲気味に笑った。
「英二」
「え?」
 気がつくとアッシュはその翡翠の両目に真剣な色を宿して、こっちを見つめていた。
「どこか遠くへ行かないか。俺と」
 英二郎の手をアッシュはぎゅっと握りしめた。
「どこか遠くって、どこへ?」
「江戸を離れて遠くへだ。お前と一緒なら俺は、どこだってかまわない」
「アッシュ……ぼくは……」
 英二郎の頭は混乱した。全てを捨てて彼と一緒に? そんなことできるんだろうか。
 けれど目の前のまっすぐな翡翠の瞳を見つめていると、自分は本当は彼と離れがたい運命の糸で結ばれているんじゃないかと思えてきた。きっと、生まれる前からこうなることが決まっていたのだとさえ思えてきた。
「英二、返事は?」
「あ――」
 口を開きかけたとき、背後から男の怒声がひびいた。
「やっと見つけたぜ! おい、そこを動くな!」
 振り向くと、息を切らせた羅尾が立っていた。恐ろしいほどの殺気をみなぎらせて、脇差を抜いて構えていた。
「英二郎、てめえ新之助を裏切ってこいつとずらかるつもりなんだろ! そんなの許されねえぜ。おまえは金で買われた囲われ者の身なんだ、そいつから離れろ」
 英二郎の足はすくんで動けなくなった。羅尾は本気だ。脇差の長い刃が夜目にも白銀に冷たく光っていた。
「うせろ、ごろつき」
 アッシュは羅尾を睨みつけ、英二郎の肩を引いて背中の後にかばった。
「死ねっ!」
 羅尾が斬ってきた。
 かろうじてよけたアッシュの袂が刃ですぱっと切れた。丸腰ではとても敵わない。
 アッシュは小声で背中にいる英二郎にいった。
「俺がこいつを引きつけておくから、お前はその隙に逃げろ」
「嫌だ。アッシュ」
 羅尾が再び脇差を振りかざして二撃目を打ってきた時、英二郎はアッシュにドンと押されて遠くの地面に転がっていた。
「早く行けっ!」
 アッシュが叫んだ。
 顔をあげると羅尾の刀がアッシュの肩を斬りつけるのが目に入った。
「うっ」
 苦痛に顔をゆがめ、アッシュの身体がぐらりと傾いた。斬られた肩から血が流れ、腕を伝って地面にぽたぽたと落ちた。
「これで最後だ、覚悟しな」
 羅尾が脇差を頭から振りおろした瞬間、英二郎の足は地面を蹴っていた。
「だめーーーッ!」
 背中に衝撃が走った。
 焼け焦げるように熱く感じて、英二郎は自分が袈裟がけに斬られたことを知った。
「え、英二?」
 アッシュの腕が、崩れ落ちる英二郎の身体をかろうじて支えた。
「嘘だろ? お前……何やってんだよ」
 英二郎の耳に、アッシュの声は遠くに聞こえた。
 目が霞んできて、彼の顔がよく見えない。
 もう痛みは感じなかった。
「チッ、やべえ」
 羅尾の舌打ちと、逃げ去る足音がする。
「アッシュ……無事だった? よかった」
 ああこんなこと、昔にもあったような気がすると英二郎は薄れてゆく意識のなかで思った。昔だったのかそれとも遠い未来なのか――もうわからない。英二郎の顔に、ぽろぽろと雫となって落ちてくる水滴が、翡翠の色をした宝石みたいにきれいな瞳からこぼれてくる様を、なんて美しいんだろうと思いながら英二郎は目を閉じた。
 ぼくは、君を助けたかったんだ。
 あの日、這ってでも、君の元へ行って、手紙なんかじゃなく言葉で、直接君に言えば良かったと何度悔やんだかしれない。
 ラオの刃から、君を、ぼくは救いたかった。
 
 ああ、だから
 ぼくは こうして 君の元へ来たんだね。
 やっとわかった。
 神様、浅草寺の観音様――ありがとうございます。

 英二郎の瞼から、涙がひとすじ流れた。



(続く)
   

  

Meet again お江戸編 8

2016.08.18 [ Edit ]

 新之助は英二郎の腕を掴んだまま、廊下をずんずん歩いていった。
「風呂場は奥なのさ。ちょっと良い雰囲気だぜ、エイジもきっと気に入ると思う」
 新之助は上機嫌だ。
 辿り着いた先は廊下から壁から真新しい桧の板で、桧独特のいい匂いに包まれた。カラリと板戸を開けると中に広い湯船があって、熱そうなお湯がいっぱいに張られて、あとは家人が入るばかりに準備がしてあった。湯船の先にやはり桧の板張りが中庭に出張って作ってあり、上は半分屋根がかかっていて、要するに半露天風呂なのであった。もちろん中庭も十分広く、樹木が茂っていて、人目を気にすることはない。
(なんて贅沢なんだろう)
 普段英二郎が行く下町の湯屋は、いつも人でいっぱいで、洗い場の先の柘榴口を身体を折り曲げてくぐって、狭く薄暗い湯船に浸かっていた。お湯も清潔とはほど遠い。しかしそれが当たり前だった。砂埃と汗が流せればいいのだ。湯屋の二階には男だけの休憩所があって、小銭を払って湯冷ましをしていく。英二郎はたまに湯屋の中で幼馴染や商売の知人と偶然一緒になったら、二階にあがって将棋を指したり茶を飲んだりしていた。それはそれで楽しかった。
(これからは、そんなこと出来なくなっちゃうのかな……)
 漆塗りの乱れ箱に脱いだ着物をたたんで入れながら、英二郎は、ついふさぎこむ。
 ザバーッ!
 お湯の音に振り向くと、新之助はさっさと湯船に首まで浸かって、寛いでいた。
「エイジも早く来いよ、気持ちいいぜ」
「うん」
 湯気が白く立ち込めていた。空はすでに暗かったが星がでていて、湯殿の天井の行灯と中庭の灯りで辺りはほんのりと明るい。英二郎は湯船の隅っこに入った。二人で足を伸ばしてもまだ余裕がある。
「君って、いつもこんな暮らししてるんだね」
 英二郎が言うと、新之助は首を横に振った。
「そう思うのか?」
「違うの?」
「毎日朝から晩まで、奉公人みたいにこき使われてるぜ俺。まあ行く行くは俺の店になるんだから仕方ねえけどさ。エイジがここに住むってんで、俺も口実つけてこの屋敷に帰れるけど、昨日までここは親父様もほったらかしだったのさ。なにしろだだっ広すぎるだろここ」
「え、じゃあもしかして」
「そ。部屋のあちこち修理して風呂も作り替えて、庭木やら台所やら綺麗にして、ついでに料理番も雇った。やりすぎて将太にからかわれちまった、”新婚”かよって」
「はあっ⁉」
 英二郎はすっとんきょうな声をあげた。
「だろ? まいっちまうよ、あのオタンコナス」
 湯の中で、新之助は英二郎の足首をいきなり片方掴んだので、ドキリとした。掴んだまま湯の表面まで持ち上げられる。
「何すんのさ」
「足の裏、指で揉んでやるよ。今日は疲れただろ、お、エイジ足首細いな」
「いっ、いいよ!シン、やめて」
 足に力を入れて抵抗すると、
「あ、嫌だったか? ごめん」
 新之助はザバッと湯船からあがると、そのまま板戸を開けて出ていった。風呂場から新之助の気配がなくなるまで、英二郎は出るに出られず湯船の中でじっとしていた。なんだか今日一日の疲れがどっと出て、ふらつきながら脱衣所に行くと、乱れ箱には真新しい浴衣と下帯がたたんで入れてあった。
 くらくらと眩暈がする。湯あたりしたのかなと思いながら袖を片方通したところで、気持ちが悪くなって膝をついた。調度品か何かが倒れる音が派手に響いた。目の前が暗くなっていく。音も遠のいていく。そんな中、英二郎は誰かに抱きかかえられ、廊下を運ばれていく自分を感じた。布団に寝せられ、ヒヤリとする手拭いが火照った頬や額に当てられた。団扇の風が涼しい。
 それから口移しで冷たく甘い水が喉の奥に入れられた。二、三度それをこくりと飲んで――それからのことは覚えていない。酔魔が英二郎をつかまえて、そのまま朝まで眠ってしまったのだ。
 いや夜中に一度目が覚めた気がする。
 月明りで照らされた部屋に英二郎は寝ていて、すぐ横に新之助の端正な顔があった。目を閉じて眠りこけている顔はどこかまだ幼く、滑らかな少年の頬を見つめながら、英二郎はくすっと笑った。
(それにしても寝相が悪すぎる。これではほとんど抱きしめられているのと同じだ。僕の事をおっ母さんと間違っていないか)
 首にからみついた腕をどけると、新之助は(ううーん)と寝言を言って、少し目を開けた。
「どうした? 大丈夫か」
 くぐもった声は、彼が半分眠っている証拠だった。
「何でもないよ」
 そう答えると、新之助は安心したように「ならいい」と呟いて、聞こえないような小声で「あんたって、あちこち柔らかけぇんだな」と言って再び目をつむった。すーすーと規則正しい寝息がする。英二郎も再び眠りに落ちて、目を開けた時はすっかり朝になっていた。
 隣の布団に、新之助の姿はなかった。とっくに起きて、日本橋の店へ行ったのかもしれない。
 英二郎は手をついて身体を起こした。夕べ袖を半分だけ通していた単衣をちゃんと着て帯も結んであった。涼しげな、青白橡で染められたその上品な色合い。薬種問屋の会合で、裕福な年配の町別当が着ていた羽織が、そんな色合いだった。
「気分はどうだい、エイジ」
 顔を上げると、将太が障子にもたれて立っていた。
「ああ、もう平気です。湯あたりなんて情けないな」
 頭を掻くと、将太が「おや?」という顔をした。
「そこ、二の腕のとこ、虫刺されか? 赤くなってるぜ」
 めくれた袖の下の腕の、一番柔らかい処が確かに赤くなっていた。
「ホントだ、いつ食われたんだろう」
「薬箱、持ってきてやろうか」
「いえ、痒くないから大丈夫です」
 将太は、そんな英二郎を眺めては、妙にニヤニヤしていた。


(続く)